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朝日新聞の特派員は、南京大虐殺に気づかなかったのか

 昭和12年12月、日本軍は南京に進行した。
 朝日新聞は号外を発行した他、通常の紙面でも、多くの記事を掲載した。

 朝日新聞は軍に記事を書かされたと言い訳をしているようであるが、記事のソースには3つある。
 一つは軍が発表するもので、そういう記事には「大本営発表」と記載されている。
 一つは通信社から提供されたもので、通信社の名前が記載されている。この当時は同盟通信社が幅をきかせており、「同盟」と記載されている。
 もう一つが、朝日新聞の記者、特派員が書いたもので、特派員の名前が書いてあったり、「特電」と記載されている。
 
 例えば、12月14日の朝日新聞朝刊の第1面を見てみよう。特派員の名前を記載したものや「特電」と記載されたものが多い。朝日新聞は、100人規模の体制で南京進行をフォローしたという話を聞いたことがある。ただし、100人というのは、記者だけではなく、カメラマンや飛行機の操縦士も含めた数字である。当時はまだ写真を通信で送る技術はなく、4-5台の飛行機を投入して、中国大陸から写真を送っていたらしい。

 朝日新聞は、大量の記事を投入して国民を煽ったのだが、戦後になって30万人の大虐殺があったと言い始めた。
 30万人もの大虐殺があったとすれば、大量に出向いた特派員が気づかなかったはずがない。

 30万人もの大虐殺があったとすれば、朝日新聞はなぜその時に報道しなかったのだろうか。
 説明を求めたい。



【昭和12年12月14日 朝日新聞】
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【昭和12年12月18日 朝日新聞】
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